King's Ring

− 第3話 −





「あの、大丈夫?」
「お前は一体、何者だ?」

思い出したように声を掛けられた手塚は、目の前で起きた現象が夢では無い事を確かめる為に自分の頬を叩く。
軽く叩けばそれなりの痛みが頬に走る。
「…夢ではないな」
夢ではないのははっきりしたが、あとは何が残るのだろう。
確かに先程までは全身黒毛の子猫だったはずなのに、今は自分と同じ人間の姿をして座っている。
しかも普通に日本語を喋っているから、かなり衝撃的だった。
映画や漫画の世界なら、作り物の世界なのだから自然に納得出来る出来事で片付けるが、これは現実の世界。
人間が動物に変化するなんて絶対に有り得ない現象だ。
「…えと、言葉って通じてるんだよね?」
「どういう意味だ?」
「俺はリョーマ。この世界とは違う世界から来たんだ。ううん、来たって言うよりも、移動させられたって方が正しいかも」
「…では、お前は地球外生命体か?」
簡単な自己紹介で子猫だった少年の名前が判明した。
宇宙人の一種なら姿が変化するのも有りかと、手塚は混乱しそうな頭を何とか抑えて、リョーマを見てみる。
子猫の時の名残は大きな瞳と黒髪だけで、後は何も残っていない。
「それってエイリアンって事だよね。俺はちょっと違うかも。何て言えばいいのかな?ここって地球だよね。俺の世界は銀河系から遥かに遠い惑星にあるんだ。そこにも太陽と月があって、えっと、俺の住む世界では魔法が使えるんだけど、ちょっと魔法を掛けられて猫の姿に変えられちゃったんだ。でも夜の明かりを浴びると元に戻れるみたいで…」
何から話せばいいのか、リョーマは思い付いた事を全て話している。
何しろ、猫から変身しているのだから尋常では無いのは、手塚の訝しげな視線でリョーマも良くわかっていた。
「では明かりを浴びなければ猫の姿のままなのか?」
手塚は少し早口での説明を冷静に聞き、どうにか頭の中で収めると、たとえ不審者であっても、裸のままでは可哀想だと、手塚はタンスの中からシャツを取り出して肩にかけてやる。
「あ、ありがと。うん、けっこう複雑な仕組みで、魔法っていうよりも呪いみたいな感じでかな?呪いを解く方法はあるみたいなんだけど、それがわからないんだ」
「…呪い」
呪いと聞いて思い描くのは、子供の頃に聞いた童話か、何か強い恨みを持っている人が白装束姿で丑三つ時に神社でわら人形を打つ行為くらいだ。
「こちらに来い」
シャツだけだと身体が冷えてしまうのでベッドに移動させてから、もっと詳しい話を聞き出す事にした。
手塚に呼ばれリョーマがベッドに近寄れば、2人は横並びに座る。
「何故、呪いなど掛けられたのだ」
「…魔法はほとんどの人が使えるんだけど、その中でも強力な力を持っている六人の魔法使いがいてね。6人はそれぞれ得意な魔法があって、王って呼ばれている。その中の1人で『水の王』ってのが、俺を自分の物にしたいって言い出して…」
「それを断ったから猫の姿に?」
「そ、掛けた呪いを解いて欲しかったら自分の物になれって言うからさ。それも断ったらこの世界に移動させられちゃった。猫になると人語も話せなくなるから大変なんだよね」
手塚にとっては眉唾な話だが、実際にリョーマが猫から人間の姿に変わったところを見てしまったので、そういう世界がある事に関しては信じるしかない。
「…今は魔法を使えないのか?」
動物から人間に変わるのは信じたが、今度は魔法の方に引っ掛かった。
「さっきから試してるけど…ほら…」
リョーマが指を振ると、キラキラと輝く小さな光が生まれるが、何も起こらずにすうっと消えてしまう。
「…そうか…」
「また駄目だ…」
どうにかして魔法を使おうとするリョーマに、これは本物だと納得していた。
指を振っただけで光が出るなんて芸当、有名なマジシャンくらいしか出来やしない。
マジシャンならどこかにネタがあるはずだが、そんなものはどこに存在しない。

「あ〜、もう、止〜めた」
何度やっても何も起こらない。
手塚にはわからないような言葉の羅列を暫く繰り返していたが、何度唱えても何も起こらないので、魔法を使う事を諦めるしかなかった。
「あ、そうだ。お昼は助けてくれてありがとう。ご飯も美味しかった」
ペコ、と頭を下げながら礼を言うリョーマに、手塚はドキリと胸が高鳴る。
初めての相手にこのような感情が生まれるとは、なんて考えているとリョーマは行動に移し始めた。
「これもありがと。それじゃ」
肩に掛かっているシャツを返すと、ベッドから立ち上がり、裸のままで窓に向かい歩き出す。
「お、おい、どこに行くんだ」
同性なのに裸で部屋を歩くリョーマの姿はとても神秘的で、思わず見惚れてしまったが、裸のまま外に出られては困るし、何故か行かせたくなかった。
「どこって言われても…とりあえず呪いを解く方法を考えようかなって。で、どうしても駄目だったら仕方ないから水の王に訴える。えっとこの窓って…あ、これが鍵か…」
助けてもらったお礼だけは言っておきたかったので、本来の姿に戻り自分の言葉で伝えた。
これ以上この家に世話になるわけにはいかない。
昼間は猫の姿なのだからどこにでも行けるし、夜の間だけは月明かりを浴びないようにどこかで身を潜めておけばいい。
知らない世界だけど、何とかなるだろう。
リョーマは窓の構造を確かめてから、鍵を外す。
「どこかに行かずとも、ここにいればいいだろう」
「…いいの?」
まだ家族が起きている可能性があるのでこの部屋から外に出て行こうと、窓を開け始めたリョーマの手を止めたのは手塚の一言だった。
「昼間は猫のままなのだろう?せっかく母が喜んでいるのだから、もう少しここにいてはくれないだろうか?」
「本当に?えっと…あんたは…?」
「俺は手塚国光だ。国光でいい」
手塚は返されたシャツを手に取りベッドから立ち上がると、片手でリョーマの手を窓から外させる。
少し開いていた窓を閉めて、しっかり鍵を掛けた。
「国光はいいの?俺がいて迷惑じゃないの?」
またしても肩にシャツを掛けられる。
「迷惑では無いから言っているのだが」
「…じゃ、しばらくお世話になります」
追い出される前に自分から出て行こうとした矢先だったので、リョーマは手塚に深々と頭を下げた。


突然現れた子猫は地球とは別の世界に住む人間。
その世界では魔法が日常的に使え、生活に欠かせないものとなっている。
強力な魔法使いの1人である水の王によってリョーマは猫の姿に変えられ、地球に移動させられてしまった。
元々、魔法など存在しない地球上ではリョーマの魔法は上手く使えない。
魔法が使えないリョーマがこの地球上で出来るのは、掛けられた魔法を解く方法を探すだけ。
しかし方法がわからない。

さあ、リョーマが無事に自分の世界に戻れる日が来るのだろうか?


昼間は猫で夜は人間のリョーマの物語は静かに始まった。



前回もだけど、今回もいきなり話が進みましたよ。
さて、これからどうなるのか?